ウェブスタージャパンは、2000年7月に「ウェブスタードットコムタイランド」として、タイで誕生した企業です。
ここでは、ウェブスタージャパンの誕生と歴史について、何度かにわけてご紹介します。
先述のように、ウェブスタージャパンは、初めウェブスタードットコムタイランドとしてタイで創業されました。
タイはかつて農業大国の異名をとった、アジアでも有数の農業国ですが、政府による外国企業誘致や推進が功を奏し、1990年代には農業国から工業化へと変貌を遂げていきました。
諸外国企業にとっても、タイの安価な工賃と、タイ人の手先の器用さが魅力的であったのでしょう。
しかし、タイのそうした成長も、残念ながら長くは続きませんでした。
1997年に起こったアジア通貨危機により、タイの経済は大きな打撃を受けることとなったのです。
アジア通貨危機は、日本のいわゆる「バブル崩壊」にも似たような状況をタイに生み出しました。
タイにとって逆境とも言えるこの状況に目を付けたのが、ウェブスタージャパンの創業者であり、現代表取締役社長である大川潤氏です。
(※株式会社リンクアソシエイツの創設者、代表取締役の大川潤氏とは同姓同名の別人です。)
大川氏は、1993年から1997年まで安田火災海上保険(現:株式会社損害保険ジャパン)のバンコク駐在員として働いていました。
(当時は日本企業のタイ進出が非常に盛んな時期でもありました。)
大川氏は、「将来ハードからソフトの労働集約の時代」が到来すると確信し、ウェブスタードットコムタイランドを設立、バンコクのシーロム地区に本社を開設したのです。
ウェブスタードットコムタイランドは、アジア通貨危機で業績を伸ばしたEPZ型企業(※注1)をモデルに独自のビジネスモデルを構築しました。
これがウェブスタージャパン成長のポイントだったと言えます。
(※注1)発展途上国の安価な労働力を利用して製品を作る場合、正規の方法では部品の輸入に関税がかかり、結局製品、サービスの価格は上昇します。
これでは他国との競争でに勝つことが難しくなるので、国が特区を設け、国内に製品を販売しないという条件のもと、関税の免除、その他の特権を与えます。
このように自国の労働力を利用して輸出用の製品の生産を助ける仕組みのことをEPZ、または輸出加工区と呼び、ここではこの制度を利用する企業をEPZ型と記します)
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